Yoga  Citta  Vritti  Nirodhah.

​大人から始める哲学 : 人として生きることをより深く学び、花も実もある人生にしていく道の学問

古の哲学や精神修養は、人格育成を第一に考えたもの

~五十、六十の手習いも素敵な選択。この人生をもっと豊かに生きたいと願うなら、人生の中心である自分を磨こう~

*精神修養の実践生活ヨガ行法に取り組みたいと寄せられた声

 数えきれないほどのヨガ教室に参加するも、その中身は、どれもマットの上で体を動かすことばかりで、それ以外のことは特別に話題にならなかったとのご感想を数多くお聞きしました。寄せられたお声にお応えして、サロンでは大人から始める哲学、大人のための精神修養と題して学びの場を提案しています。

 ヨガとは本来心の科学。古では『人格育成を第一』に考えて伝承された実践手引きでした。

 それは『人として生きる学問』を生涯実践することによって、人間そのものと、人生を深く理解する学習です。現代的に言い換えると『メンタル・コーチング』。

 善き人や善き仲間に恵まれ、楽しくて有意義な人生を送れるかどうかは、ひとえに知性と理性いわゆる『精神性』を高めていくことにかかっていると教えていて、かつそれは机の上の知学ではなく実践行法であると謳っています。

 人生は身体に関わる問題だけでなく、メンタルに関わる問題も常につきまといます。上手く人生を送れなくなった方々は、アイデンティティー形成に問題を残している方でした。人生の中盤を過ぎて、思いもしなかった問題に自ら気がついて、残る人生をどのように生きたいと願っているか改めて考えたとき、今までのやり方とは違ったやり方で学びたいとのお声にサロンでは、『大人のための哲学・大人から始める精神修養』の学習を提案し始めました。

合理的精神を払拭して本来の人の道でゆっくり深く学ぶ

 高度経済成長期に合わせて激動の時代を生きた人たちの文化は、物質依存主義と合理的精神によるものでした。学校形式に沿って就学することは利便性がありましたが、その中で優劣意識や競争意識が過剰に発達し、心の成長にまでは手を掛けられなかったのかもしれません。環境に閉じ込められた人格は自分を見失い、学習そのものを嫌がるような感情さえつくっています。そうした方々と日々触れているうちに、生活の規律をつくり直すことから始める大人のための精神修養が、俄然その人たちを鼓舞しました。

知性と理性の発達を促し人情に深みが増すようにする

 妙に宗教臭いからイヤ、精神論に偏った生き方なんてイヤ、清廉潔白をうたっているだけでちょっと変とまで言われるような偏見が起きやすいのにも理由があります。それは学校形式とさして変わらないやり方のモノ達だからです。

 本来の精神の修養は、身の回りの生活の中で自主自発的に規律を作成し、どれも自分で管理し、向上させていくスタイルが古の形式です。それはまるで子育てのようなものなのです。

 

*なぜ実践ヨガ行法が精神修養になるのか疑問を持つあなたへ

 『ヨガ』と一言聞いて、あなたは何を想像しますか?体操ですか美容ですか?

まず例え話をご紹介します。包丁を思い浮かべてください。包丁は道具です。道具の使い方は人によって違います。人を殺す道具として使う人、インスタントラーメンに刻みネギを足す程度にしか使わない人、家族が困らないだけの食事作りに使う人、芸術的創作料理をつくる人までと様々です。

 ヨガもこれと同じ。指導者がどれほどの領域に入っているかで教える内容が違っています。また師匠が違うと教える内容ですら違っています。

 古の教えでは『人間も道具』です。どのように『人間を扱うか』で、人生は天国と地獄ほどの差が生じると謳っています。生涯取り換えのきかないこの体をどう扱い維持するのか。また感じ方や考え方をどう調教しうるのかを教えているのが、人格育成を第一に考えた古の行法です。

*どれをとっても善き習慣の集大成でしかない

 毎日自分で創った規律を守り、洗練させながら積み重ねていくだけのシンプルさ。

 美しい姿勢も、健康な心身も、生活の安定も、どれをとっても『善き習慣の集大成』でしかありません。

 結局、人格の向上は、知性と理性の他に、俯瞰して状況をよく見極める覚性が各自に育っていくから起こるというとてもシンプルな仕組みです。あなたの『習慣』を良く見なおしてみましょう。

 

​*日常生活で実践するのが第一課題

 人間のあらゆる側面とは、心理的・身体的・精神的ならびに社会的なはずです。それにアプローチを施すものです。朝起きるから始まって夜寝るまでが修養の課題です。

修養とはそんなに堅苦しく、形式ばっているものばかりではありません。それでは社会不適応になりかねません。一番大事なのは、身近な生活と社会生活に対し自分軸をもって自主参加し、そこで抑制しうることなのです。

*最初の課題は自律と自主と自発で自己管理を実践すること

 大人から始める精神修養生活は、もとより自主自発的に取り組む生活スタイルから始まります。自分の気分を自分でコントロール(自律性)し、生活リズムが礎になるまでずっと実践します。自己管理能力は人生の要です。自分のためにルールをつくり、それが浸透していくほど質の良い生活に近づきます。なによりこれこそが人格育成の土台です。

*他律的管理体制への依存と合理的精神から脱出した人格へ

 大人のための精神修養生活は、まず馴染み過ぎた他律的管理体制への依存から自分自身を取り戻すことを動機にします。不健全なアイデンティティーやアダルトチルドレンは、そもそも他律的管理に依存し、規範に隷従することが目的になって形成されています。

 わかりやすい例はベルトコンベアーに乗っているような生き方。家族の価値観や社会慣習にただ沿って流されてきた人生であったり、逆に反抗的であったりと、自分自身がよくわからなくなっていたまま、慢性的な虚無感や不平不満を持ちこしているような場合です。

 誤った思い込み、自分を陥れる信念、条件反射、固着反復行動、ブレーキなど。

 それらを明確にし自覚したのち、自律性をつくり直すために取り組みます。気分は自分自身でコントロールするものと心得て、他人への依頼心や介入を減らしていきます。あなたが彼らと境界線を引き、意見を持ちなおし、実践生活を施すほどに、家族はその姿に変化を感じていくはずです。善き習慣は波紋のようにゆっくりと広がっていきます。

*共依存は自己管理能力が育っているわけではありません

 境界線を引かず他者と同一化しながらの生活スタイルは、自律も自立もしていません。家族の管理をしているから管理していると思うのは間違いです。相手に呼応して自分の役割を務めているに過ぎず、不健全な自我の習慣に縛られているだけです。

 その場や人から影響を受けて気分のアップダウンが起こる人は、とくに不健全なアイデンティティーと我心が関係しています。知らぬ間に我心は、自分と関係者を不自由にし、一つの考えに縛りつけさえしています。

*自分の身体も心も一段上から観察して調教していくだけ

 私たちの行動は、どれも自分が一番正しいと認知したものが選択されています。身体の使い方、姿勢の取り方、動作、食事の取り方など、どれをとっても一度は自分の頭で一番正しいと命令してきたものです。今現在、無自覚に行動しているものですら、当初は最善と思っていたものです。それが生活の中で板につき、自覚せずとも自動的に選択するようになったものです。これを『癖』といいます。

 『囚われ』という言葉の通りで、人が思考の牢獄に囚われた状態です。癖にまで習慣化され人格に影響を及ぼしています。

 今までの自分自身をより明確にするために一段上からご自身を観察する訓練を日々行います。

 感情的不安定に陥っているときも、一段上から自分自身を俯瞰するようにして観察します。

 自主自発的に自分を律し直すことで、囚われから脱出するチャンスを得ます。知性と理性をもって自己を諭し、自己管理能力が開発されると、心理的・肉体的・精神的な安定をつくり出します。これらが社会的側面をも向上させてくれます。自分らしくイキイキとした働き方を営むことも可能になります。

*自分のためのMYポーズとルーティンをつくって取り組む

 大人から始める人格育成生活は、自主自発的に、自己を律しながら取り組む生活スタイルです。ダイエットや体形維持を兼ねた肉体訓練は、自己管理能力の有無がハッキリわかりやすい取り組みです。

 ダイエットを続けられる人とそうでない人の差は、自律性の有無です。やらなさすぎ、途中放棄は論外。厳しすぎも自己に対して強迫的になったがために摂食障害にまで進行します。これもある意味自律性の乏しさと失敗の例です。

 このような結果にならないためには、日々自分とよく語らい合う調整が必要ですね。気分を鼓舞することはもちろん、姿勢の改善に必要なポーズをいくつか選び、それを毎日取り入れましょう。誠実な自己愛が善き習慣につながります。それが結果につながり、結果が自分の行いの正誤をさらに明確にしてくれます。

*家族や他者との言葉のやり取りで精神は十分向上する

 最初に言葉ありき。言葉づけは人格育成において重要な鍵を握っています。自分に起きていることを、他者に理解されやすいように話すことは、それだけで精神発達に十分役立ちます。

 人に理解されるには、言葉をつけ、理性的に文章を組み立てて話さなければ伝わりません。その知性と理性の発達を回避してしまうと、他人に分かってもらえず怒ってしまったり、すぐ放棄してしまいます。誤解が生じ、生きづらさをつくってしまいますね。

 他者と愛情を育むには、相手を理解することと同時に、相手に理解されやすいように自己表現することが必要ではないでしょうか。わかってくれないと他責をするよりも先に、自分の状況を言葉でよく説明する訓練をすると、お互いをより一層深く知る機会になっていきます。

*三日坊主にならないために心得ておくこと

 私たちの脳は、今まで使っていた考えのほうを正しいと思い込みます。だから新しいことを始めるとすぐ抵抗します。また、すぐ結果が出るようにと願うことも囚われです。子どものような考え方はすべて捨てる対象です。

 では、大人のための精神修養を遂行するにあたって、人間の認知の変化と行動療法の7段階をご紹介しておきます。継続は力なりです。

①自分自身の身体や心に起こっていることや課題や作業に気づいている

②気分の悪さややりたくない気持ちなどを一段上から分別できる

③感情的にならずに理性に基づいて作業を遂行する

④怠けることなく感情を乗り越えて作業を続けると、達成感と喜びが生じる

・・・・・重みや辛苦を感じるのはここまで・・・・・

⑤喜びを感じつつ実践を続けると、身体も心も軽くなっている感覚が生じている

⑥感情の乱れなく作業をいつでも遂行できる

⑦修養が上手くいっていて、修養しなくてはいけないなどとの考えもない

・・・・・能力そのものが自分のもの、新アイデンティティーの一面となる・・・・・

*最初の戒律、暴力とは何かを知って日々しっかり実践する

 語り継がれているヨガの禁戒5つの筆頭に取り上げられているのがアヒンサ『非暴力』です。殴る蹴る暴行を加えるだけの意味ではありません。

 ここでの『暴力』の真意はもっと深遠です。大人から始めるなら、物事をもっと深めて学びましょう。

感情的暴力→快不快を律せず野放しであったり、他人に関与をさせている

精神的暴力→知性と理性の発達を伴わせず行動を律していない

肉体的暴力→体重管理を始め、身体的機能を精査せず老化を速めている

知的暴力→学習することなく人格育成を考えて行動していない

経済的暴力→自分の生活を維持するだけの資力を得ていない

社会的暴力→対人関係や社会性生活に適応していない

けして特別なことではなく、古から精神修養を通して伝承されてきたことです。他に『不正直にならない・盗まない・邪欲に溺れない・執着しない』があります。

 毎日の生活の中でうっかり暴走しがちなことばかりです。だからこそ毎日の生活で守ることが、大人のための精神修養になります。

*自分に正直になり容認することで足るを知っていく

 過去の自分自身を正直に容認すること。否認していては何も調教に至らないだろうと思います。そこで大人から始める人格育成は、正直に語り尽くすことからスタートです。私たちは直向きすることで、心の不安を軽減するための依存症や癖を詳細に取り上げ、問題のアイデンティティーを知ることが可能になるのだろうと思います。

 自己はどこかに探しに行くことではなく、足元に在ります。ただそれに気づき、愛情を持ってつなぎ直せるかどうかなのだろうと思います。

 学問をするのは自分自身のためであって、人に良く見られるかどうかなどのためではありません。人としての道が進むにつれて、さらに自己発見が楽しくなり、犬や猫に生まれたのではなく、人に生まれたことそのものをギフトと思えて、深く感謝が出来るようになるのだろうと思います。

 気がつけば日々の行いが人生を味わい深いものにしてくれて、大きな器の人に育ててくれているのだろうと思います。

…ごあいさつ…

 世に『四十の手習い』という言葉が存在しますが、サロンでは五十や六十以降の手習いが実践されております。それだけ長い人生をどのように生きるかを問われる時代になったのだろうと感じています。

 そこで出会った人たちは、過去の気持ちや問題のアイデンティティーから、バージョンアップ、ブラッシュアップをして、イキイキさを取り戻しています。新しい生き甲斐を手に、自分の人生に満足していく姿は胸を打つものがあります。

 物質的な豊かさを充分手にした人もいれば、ミニマリストの人もいます。見渡すかぎり人の人生はけして平等ではありません。しかし目に見える形よりも、どこか心の豊かさが最後の決め手になっています。

 きっと古の人格育成法は、人の心を広く大きくし、また豊かな人生を送るために必要なシンプルな手立てがたくさんあるからなのだろうと思います。

 

 月に何回かお教室に通ったときだけ体を動かすような取り組みから、一味違った学習目的を持ってみてはいかがでしょうか。

 お茶を飲みながらゆったりと、自己を語って改めて見つめ直す日と肉体訓練の日を折り混ぜながら、修養に必要な課題を順次見つけては実践していく方法をサロンでは取っています。大人になってから始める優しい哲学・大人のための人格育成にご興味がある方は、お問い合わせお待ちしております。

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​毎日の生活を自分を育てる時間に使っていく

キッチンインテリア

いつもの住空間で自分を教え導いて学ぶ

愛

​大人から始める・大人のための哲学と修養