エゴがやってしまうこと。
それが直勘(ちょっかん)。この選択肢で失速します。
ではヴェーダ理論で解明します。
直勘とは字のごとく、
エゴが直ぐ、直感や直観と勘違いする行為。
だから遅かれ早かれ失速していきます。
直感とはとても神聖で尊いものです。
ですから、にわかに直感だとは認識に至りませんし、
そもそも私たち行法者は口にしません。
そうした勘違いをするのがエゴだからです。
幼少期から沢山の環境因子の中で、
私たちの意識はトコトン神聖(な理知)から遠ざかっています。
気持ちを満たすため、不満を満たすために'勘違い'を働かせてるに過ぎません。
エゴはその場さえ良ければ、満たされればいいの達人です。
本来はそうしたことを見抜くために経験に経験を重ねて精査し、
'観'を発達させていきます。
本質を見抜く直観は、高度な理性に反することは一切ありません。
また永年その識別は覆されません。
ものすごく奥が深いのね。
そうした奥深さに触れることなく、浅はかに考えるのがエゴ。
勘と言う字をよく見れば、甚だしい力と書きます(笑)
勘違いを直感や直観だとする愚か者から物事を習うので、
迷信妄信狂信になると言うぐらい明確なことだと語っています。
観を育てるためには、
外を向くのではなく、内に目を向ける時間を持つこと。
内観法は瞑想実践行法に欠かせないもの。
そしてそれが自己実現に必ず繋げてくれます。
※補足
直感→内なる神性な本質が感じること
直観→(道徳観)瞬間的に本質を見抜く
第六感→野性の勘・動物的生命存続から発するもの
直勘→エゴ中心を増幅するために活用しているもの
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