文化・風潮。これって結構その人を縛る教えです。
生活を見渡したとき、
『外に合わせる』『空気を読む』といった意識が先導して暮らしているものです。
習う。
という言葉は、良し悪し関わらずに起こります。
暮らしが面白くなくなる時は、
合わせているうちに自分を見失うという現象が起こっているときです。
12/1ブログの続きになりますが、
自分の意識が主体になることで起こる一番の恩恵は、
外側の安定を考えて振り回させるよりも、
内側の安定がすぐ作れて、いつでも暮らしが豊かになるというところです。
東洋思想の教えでは、
無常が一般(常なるものは一つもない)。
変化し続けるのが当たり前です。
外部環境はいつだって変わるのが当たり前なのに、
そこに執着するから苦しむのだという教えです。
これは真実をついてます。
コロコロと変わっていく暮らしのなかで、
動揺する自分の内面を優先して調教し、
豊かに生きることを考えたほうが有益でしょという教えです。
これ事実です。
教えのなかで最初に目をつけているのがインドリヤス。
根という意味です。
五官をさします。眼耳鼻舌身のこと。
眼は色を、耳は音を、鼻は臭いを、舌は味を、体は触れるものを受け取ってます。
これが私たちの意識を刺激しますよね。
感覚器官に入ってくる対象物うんぬんの前に、
感覚器官をキレイにしておくことや、(←浄化といいます)
感覚器官に『良い対象物』を味合わせ、
メンタルエネルギーチャージをさせる習慣を暮らしのなかで念入りにやります。
この清浄行為を朝にやる意味は、
感情の有効活用ですよ。
良い方向へと導くため。
見たことありませんかね。
綺麗に飾られた花や、香炉、線香、水鉢や心地良い音楽。
好きな写真を前にして拝む姿。
そんな暮らしがそもそも普通にあることに、
日本人はびっくりする光景を見ます。
あれは、そもそも五官と五感を浄化する行為で、暮らしの知恵なのね。
顔を洗うだけでなく、
鼻洗いや舌苔の洗浄や沐浴は、一日中良い五官と五感で過ごせるようにするため。
心の安定を自分でつくる時間です。
仏教では六根で教えてますね。
眼耳鼻舌身意。
親がそのような暮らし方を実践していて子が真似るだけ。
風潮そのもののなかに、
自然とともに優しく暮らすベース音が流れてます。
野花を摘んで飾ったり、水鉢に浮かせて楽しんだり、
そこかしこに楽しさを自分でつくって味合わせるのが普通。
日本の近代文化は、
便利になっていくことで、
一つの物事に時間をかけることが嫌になり、
空いた時間に次から次へと用事を入れて忙しくする風潮がありますでしょ。
五官も五感も多すぎる情報に歪まされて、疲れ切っていく傾向。
そろそろ切り替えていきませんか?
なんのために身ぎれいにするのか、
自分のためにゆっくりとした時間を取り入れようとするのかを理解して頂くと、
やり甲斐になりませんか?
綺麗な五官を作ってあげて、
そこから入ってくる情報が綺麗に処理できるようにする。
内面の安定が図れるようになるという仕組みに、
ぜひぜひ慣れていってください。
心地いいですよ♪
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