アーユルヴェーダとヨガのある暮らし。
明るく楽しく生きる知恵。
日々の暮らしを明るく楽しいものにするために、
立ち止まって仕分けする時間が大切です。
どうしてあちらの地域の人は、
むかしから瞑想を日常的にするのですか?の質問への回答です。
答えは、
自分自身のための時間を持つと、
それが大きなエネルギーになるからです。
心の乱れを取るだけでなく、
自分自身の時間と相手に尽くす時間のバランスを上手にとるためや、
冷静になって良い選択が出来るようになるためです。
前々回のブログで、物でも人でも役目が終わると姿を消すとご紹介しましたが、
これは『人生の仕分け』の一つです。
年齢と共に心も精神も成長するほうがいいのは皆様もご存知だと思います。
それがスムーズに行えるようにする要素が仕分けです。
居場所(職場とプライベート)、
食事の取り方、
休息の仕方、
は、その代表格です。
仕分けをしないでただ抱えていくのは、
けして利口な選択とは言えません。
溜まりに溜まっていくと不調になって体が教えます。
だから、
好調なときより不調なときほど『仕分け』はとても重要になります。
この仕分けのことを古くは『浄化』ともいってます。
今年は、占星術のなかでも終わりと始まりが錯綜する一年なため、
離れていくものは、
はっきりわかる形で現れる年とも言い換えられるのですね。
「終わりがあるから始まりがある。訪れる。」
というように、
明るい気持ちで積極的に仕分けし清算するほうがより良い兆しになります。
生活様式、
人間関係、
持ちもの、
データなど、
新しい時代では、持っていても逆にストレスになっているものがあるはずです。
昭和の常識は、令和の非常識。
よいキーワードになりますよ。
特に人に関しては、
方向性があわなくなるのは精神的年齢のズレや、
成長の加速度の違いが原因。
・昔はよかったけど波長が合わない
(居心地がよくないと感じる)
・なんど話しても話が合わない
・現実的にみて、お互いの成長の差が大きく生じている
こうした内容は、
頭では打ち消していても心が感じてしまうので、
手放す機会を失うと、
のちのち自分自身を束縛するものになります。
合っていると思っているのは想いだけで、
現実はそうでないことが起こっているときは、
かならず現実のほうへと引き戻されるのが自然法則です。
我の力より自然法則の力のほうが圧倒的。
わたしたちの生活は、
『イン・アウト』のバランスで成り立っているもの。
巡りを見渡しながら、
ほんとうに必要なものを手元に残していき、
運の回転が良くなるように、
まめに仕分ける時間を使うことが大事です。
出会いと手放しを通して、
わたしたちは『自分を知る』作業をしているだけ。
偽りのない自分との出会いに恵まれ、
スイスイ前に進めますように♬
アーユルヴェーダとヨガ行法の知恵を活かして暮らしましょう♬
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