共に喜びを分かち合うとはどんなことでしょうか?
差し出された贈り物の本当の目的が
自分を評価してほしいと願ってのことだったとしたら、、、
盗んできた花を贈り物として差し出すのと似ている気がします
そこには相手を思う愛情はないです
見せかけです
本当はただ自分を評価して欲しいだけの欲情です
自分を誰よりも高く評価してくれることが目的の歪んだ自己愛の表現です
自分の思った通りに評価してくれることが目的です
では評価なく贈り物を受け取った場合はどうなるのでしょうか?
「評価してくれない」「わかってくれない」と不快感情と批判が付いて来ることでしょう
なぜなら損した気分になってます
自分の中の無価値観や劣等感が解消されなかったからですね
不安、不満、恐怖→ 喜んでもらうこと=高い評価=自分は素晴らしい=安心
の認識パターンにどっぷり浸かってます
妄想の高い評価像 ≠ 現実
になった場合は問題は妄想を抱いていた自分ではなく相手になります
自分との折り合いを先につけてこないと
心の底から他者と共感することは出来ないのです
愛し合うことなど遠い話です
写真 Radek Labancz